小説「カラスの親指」は、2008年の7月22日に道尾秀介によって講談社から刊行されたミステリー文学になっております。

もとになっているのは文芸雑誌「メフィスト」に2007年の9月号から連載されていた作品になり、単行本化された後の2012年には伊藤匡史によって映画化もされています。

ふたりで詐欺師を

主人公の武沢竹夫はケチな詐欺行為を繰り返してその日その日を何とか凌いでいる、40代半ばの中年男性です。

武沢に対して親しげに「タケさん」と話しかける同年代の男は、相棒として活躍する「テツさん」こと入川鉄巳です。

ふたりの息の合ったコンビネーションや、お互いに憎まれ口を叩きあいながらも築き上げていく信頼関係か見所です。

もともとはお金を騙し盗ろうと鍵屋さんに扮して近づいてきたテツさんのトリックを、タケさんがあっさりと見破った未遂事件がふたりのコンビ結成のきっかけです。

それ以来タケさんにだけは頭が上がらない恐縮ぶりと、「イルカ」のような顔をしたテツさんの饒舌ぶりがユーモアセンスたっぷりとしています。

テツさん自身が何度も暗示するように、如何にも胡散臭げな「入川鉄巳」というこの名前自体が後に大きな意味合いを持っていきます。

詐欺より恐ろしいもの

違法な薬物に溺れて精神的にも肉体的にも傷ついていったテツさんの元妻や、ヤミ金が原因となって愛する家族と離ればなれになってしまったタケさんの壮絶な過去には胸が痛みました。

対象者が騙されたことに気付かないくらいの鮮やかな手口を披露するタケさんとテツさんには、詐欺師として生きながらも悪を憎む独特な美学が漂っていました。

その一方では目的のためには手段を選ぶことのないヒグチという、タケさんにとっては因縁の相手が立ちはだかっていきます。

スポンサーリンク


迷い込んできた3人と1匹

上野でひと仕事終えたタケさんとテツさんは、ひとりの掏摸の少女と出会いました。

同業者への奇妙な愛着から、ふたりは身体を張って少女を助けることにしました。

若干18才ながらも優れた掏摸のテクニックを持つ河合まひろを、テツさんは「玄人」とかけて「カラス」と呼びます。

家を出ていったきりの父親と自らの生命を絶ってしまった母親に翻弄されてきたまひろを見て、タケさんが今はなき娘の面影を重ねて合わせるシーンが感動的です。

家賃を滞納し続けて大家さんからアパートを追い出されてしまったまひろは、タケさんたちが住む北千住の古ぼけた一軒家に転がり込んでくることになりました。

40代の中年男性ふたりが、ある日突然に始まった10代の少女とのひとつ屋根の下での生活に戸惑いを隠せない様子が笑いを誘います。

半ば強引に上がり込んできたまひろの姉・やひろとその恋人である石屋貫太郎、更には額の上にごわごわとした毛を纏った白い子猫「トサカ」が加わることによって家の中が騒がしくなっていきます。

血の繋がりのない5人と1匹が、血縁関係を越えた堅い絆で結ばれていく姿には心温まるものがありました。

小指をまひろ、薬指をやひろ、中指を貫太郎、人差し指をタケさん、そして親指を自分に例えるタケさんのセリフには忘れ難いものがありました。

宣戦布告

タケさんとテツさんばかりではなく、やひろとまひろまでもがヒグチに恨みを持っていた事が判明した5人は組織への反撃を決意します。

綿密に練り上げられていく計画と、5人がそれぞれの特殊能力を活かして立ち向かっていく戦いぶりが痛快です。

決行の日に巻き起こっていく予想外なハプニングと、驚きの結末が圧巻です。

本当に騙されていたのは

他人を欺き続けて生きてきたはずのタケさんが、全編を通してある人物の手のひらの上で踊らされていく展開がスリリングです。

騙されていたことに気付いた瞬間に訪れる、ささやかな救いには胸を打たれました。

コン・ゲームをテーマにした推理小説に造詣の深い方や、マジシャンや手品に興味のある人にも読んで頂きたい1冊です。

スポンサーリンク