小説「陰の季節」は、1998年の10月に横山秀夫によって文藝春秋から刊行されたミステリー文学になっております。

元になっているのは「文藝春秋」の1998年7月号と「オール読物」の1998年9月号に連載されていた短編小説になり、新たに2編の書き下ろしを加えて単行本化した作品になります。

表題作が第5回の松本清張賞を獲得した後の2000年には、上川隆也の主演によってテレビドラマ化もされています。

縁の下の力持ちにスポットライトを当てる

本作品は警察小説にジャンル分けされながらも、熱血刑事や鋭い観察眼を持つ鑑識係などの捜査畑の人物がほとんど登場しないのが斬新でした。

ストーリーの舞台に設定されているのは、著者が生み出した架空の県警本部である「D県警」の警務部です。

人事の素案作りや警察職員の賞罰に関する情報を集めて調査したりと、一見すると警察小説というよりは中間管理職の苦労と悲哀を扱った企業小説の味わいがあります。

ミステリーの世界においては花形のポジションとも言える捜査関係者ではなく、一般の警察官を主役にした一線を画したスタイルが見所になります。

事件は会議室で起きる

事件が発生してから犯人を見つけ出すまでの、数多くの紆余曲折や様々なハプニングが映し出されていくのが警察小説の王道です。

本書の中で起きる事件はいずれも外部ではなく、警察内部で巻き起こっていくところが印象深かったです。

警察署の署長が管轄内の造園業者に公費で自宅の庭を作らせるなど、およそ有り得そうもない事件も不思議なリアリティーが溢れていました。

小説家としてデビューする前には某新聞社で働いていたという、著者による実体験が効果的に息づいています。

どこからともなく噂話や不穏なタレコミが流れてくると、何とか内部で処理するために動き始めていくのが管理部門です。

犯人を明らかにして断罪することが目的ではなく、表沙汰になることを防ぐために奮闘するところが面白かったです。

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タブーに挑む

警察組織と民間企業との間で脈々と受け継がれてきた、根深い繋がりについても考えさせられました。

天下り先のポストにこだわり続ける刑事部の大物など、組織の和を乱す存在が登場します。

単に異質な存在を排除するだけで終わることなく、相手の気持ちを忖度してみんなが納得できるように収めていくのが良かったです。

派手な事件が描き出されていくこともなく、職場の日常風景や人間模様だけでドラマを演出するうまさを感じました。

あの人も活躍している

本書と並んで横山秀夫の代表作に挙げられるのが、昭和64年に発生した誘拐事件をテーマにした「64(ロクヨン)」です。

「64(ロクヨン)」にもゲスト出演した二渡真治が、本作でも次から次へと舞い込んでくるトラブルを片付けていきます。

パソコンの画面と睨めっこしながら、マウスを片手にパズルゲームのごとく人事異動に取り組む様子が心に残りました。

ディスプレイに表示される顔写真とデータベースだけでしか他人を判断してこなかった二渡が、ある出来事をきっかけにしてひとりひとりと真正面から向き合い始めていくシーンが感動的でした。

全ての管理部門に生きる人たちへ

組織そのものを守り抜くために日々の仕事に打ち込んでいる管理部門担当者でも、ふとした瞬間に疑問を抱いてしまいます。

家族や生活を守るために自分自身の感情を押し殺している苦悩は、警察に限らずあらゆる組織に所属する読者が共感できるはずです。

名探偵でも超人的なヒーローでもない、ごく普通の人たちの持てる力の全てを振り絞った戦いぶりには胸を打たれました。

ありきたりなトリックや犯人探しに物足りなさを感じている方たちや、新たな推理小説を求めている人にはお勧めの1冊です。

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