小説「天国までの百マイル」は、1998年の12月1日に浅田次郎によって朝日新聞社から刊行されたヒューマンドラマになっております。

元になっているのは1997年秋季号から1998年夏季号までの「小説トリッパー」に連載されていた作品になり、文庫化された後の2000年には早川喜貴監督によって映画化もされています。

どん底の人生をはい回る

主人公の城所安男は自分で立ち上げた会社をバブル経済の崩壊によって潰してしまった、40歳を迎えた中年男性になります。

別れた妻と双子の息子と娘たちへの仕送りに汲々としつつ、かつてのクラスメイトのつてを頼って小さな問屋に勤めています。

外回りの仕事にもまるっきり身が入らずに、平日の昼間から公園のベンチでぼんやりとしながら無為な時間をやり過ごす後ろ姿には一抹の寂しさがありました。

唯一無二の癒し

愛する家族とも離れ離れになって会社にも居場所のない安男にとっての、たったひとつの心の拠り所は同棲している女性の存在です。

仕事終わりのチャイムと同時に一目散にオフィスを後にして、総武線にのんびりと揺られながら東中野駅のホームに降り立ちます。

駅周辺のノスタルジックな商店街が軒を連ねる街並みや、昼間の熱気が程よく冷めて夜の帳が落ちていく瞬間には味わい深いものがありました。

3階建ての老朽化著しいマンションの一室に住むホステスのマリとの同棲生活によって、辛うじてやるせない日々の鬱屈を乗り切っていることを感じました。

抜群のスタイルとは程遠いルックスも今ひとつなマリは、膨大な浅田次郎の作品群の中でも異色のヒロインと言えます。

時に暗く重いテーマを扱いながら打算的な人物が数多く登場するこの物語の中では、マリの純真無垢な振る舞いやセリフはオアシスの効果がありました。

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突然の宣告

女手一つで4人の子供たちを育て上げてきた安男の母親は、現在では心臓の病を患って闘病生活を続けています。

見舞いに来た40歳の息子を、子供の頃からの愛称である「ヤッちゃん」と呼びかけるシーンが微笑ましかったです。

久しぶりに訪れた母の入院先で、安男は担当の医師である藤本から衝撃的な事実を突きつけられてしまいます。

持病である狭心症は想像以上に進行していて、手術も手遅れになり余命僅かな有様には胸が痛みました。

社会的な成功を収めて経済的に余裕があるはずの兄たちは、もっぱら素っ気ない態度を貫いて無関心を決め込みます。

時代と共に血のつながりの意味合いが薄れていき、家族の在り方も変わっていくことを考えさせられました。

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謎の天才外科医

母の病を治すことができる可能性があるたったひとりの医師の噂を、安男は藤本先生から聞き出します。

ある世代以上の読者の皆さんは、黒いマントを身に纏って顔に傷跡のあるお医者さんを思い浮かべてしまうはずです。

房総半島の果てに佇んでいるカトリック系の記念病院を目指して、160キロ=100マイルの道のりをワゴン車に母親を乗せて旅立っていく場面が感動的でした。

道中繰り広げられる数々のエピソードや、個性豊かな人たちとの出会いには忘れ難いものがありました。

世間から見捨てられたかのような母親と息子の旅路には、高齢化社会が加速していく今の時代への鋭いメッセージや批判が込められていました。

旅の終わりに見た景色

終末医療や延命措置を始めとする、時事的な話題を巧みに盛り込んだストーリー展開が見所になります。

誰しもが歳を重ねることからは逃れられないとしても、自分らしい最期を選ぶことはできるはずです。

100マイルを駆け抜けていったふたりの前に現れる風景と、終着点で下した決断には胸を打たれました。

母親と遠く離れて生活を送っている方たちや、家族との関係性に思い悩んでいる人には是非とも手に取って頂きたい1冊です。

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