小説「地下鉄に乗って」は、1994年の3月に浅田次郎によって徳間書店から刊行されたファンタジー文学になっております。

1995年度の吉川英治文学新人賞受賞作品になり、文庫本化された後の2006年には篠原哲雄監督によって映画化もされています。

過去へ出発進行

主人公の小沼真次は40代半ばで、女性用の下着を売り歩いているサラリーマンです。

子供の頃から成績優秀で世界有数の大企業「コヌマ・グループ」の創始者を父親に持つ御曹司でありながら、訳あって家を飛び出しています。

安物の背広と脂じみた眼鏡を身に纏って、すりへった靴を履き歩き回っている後ろ姿には哀愁漂うものがありました。

ほんの気まぐれから立ち寄ってみた同窓会の帰りに、永田町の駅構内の見慣れぬ階段を昇った真次は不思議な世界へと迷い込んでいきます。

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時をかける中年男性

真次が降り立った場所は、30年前の東京オリンピックを間近にして街中が浮かれ上がっている1964年の新中野でした。

日本全体が戦後への復興と高度成長で一丸となっていた、当時の人々の熱気には心温まるものがありました。

突然のタイムスリップに戸惑いながらも懐かしい路地裏や生まれ育った街角をさ迷い歩いていた真次は、時を越えて意外な人物と再会することになります。

人と人とを繋ぐ電車

実在する東京メトロの路線図が、忠実に再現されているストーリー展開が見所になります。

真次の勤め先「有限会社シンデレラナイト」が神田駅の地下街に設定されていて、ヒロインの軽部みち子の自宅は中野富士見町駅の周辺になります。

真次の兄・昭一が自らの生命を絶ってしまったのが丸ノ内線の新中野駅になり、物語の重要な伏線として散りばめられています。

単に人間を乗車駅から目的地へと運ぶ役割だけではなく、多くの人たちの運命を動かしていることを感じました。

本書片手に東京メトロに乗って、ちょっとした旅に出てみたくなります。

時空を越えて通勤

地下鉄を通じて過去と現在を行き来しながら、真次は次第に家族によってひた隠しにされていた秘密に触れていきます。

真次が働いている冴えない小さな会社の中では、唯一無二の優秀なデザイナーである軽部みち子の力を借りることになります。

ふたりは恋人でもなく愛人でもない、微妙な距離感を保ちつつ友情を維持しているのが面白かったです。

真次の突拍子もない体験談を、あっさりと信じてしまう純真無垢な一面も微笑ましかったです。

予想外のアクシデントに振り回されていきながらも、時間旅行を通して信頼関係を築き上げていく様子が感動的でした。

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焼け跡から立ち上がっていく

真次とみち子が第二次世界大戦終結直後の、焼け野原となった新宿にたどり着くシーンが圧巻です。

最先端のファッションビルが立ち並び華やかな歓楽街として栄えている、今の時代とのコントラストには驚かされました。

若き日の真次の父・佐吉が商いをしていた、駅西口の闇市の風景には味わい深いものがありました。

誰しもががめつく強かですが、激動の戦後を生き抜くためには必死だったことが伝わってきました。

嫌悪感を抱いていたはずの父の生きざまに対しても、次第に真次の心の奥底からは変化が涌いていきます。

間もなく終点

いつかこの世を去る宿命を背負わされている人間にとって、人生の中で何を残すべきか考えさせられる本です。

身近な家族や愛する人と一緒に過ごすことが出来る時間は、あまりにも短いことを痛感しました。

全ての謎が解き明かされた時に待ち受けている、地下鉄のトンネルから地上に飛び出していくような解放感を味わって欲しいです。

地下鉄で通勤されている方たちばかりではなく、普段は自動車での移動が多い人にもお勧めな1冊です。

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