小説「臨場」は、2004年の4月13日に横山秀夫によって光文社から刊行されたミステリー文学になっております。

もとになっているのは「小説宝石」の2000年6月号から連載されていた短編小説になり、単行本化された後の2012年には橋本一監督によって映画化もされています。

「終身検視官」の異名を与えられたひとりの男の活躍ぶりが、8つの短編から映し出されていきます。

一匹狼の目

主人公はL県警の刑事部捜査第一課に所属している、52才の調査官である倉石義男です。

強面には似つかわしくない、細長い手足と繊細に動く指先のアンバランスさが特徴的です。

並外れた観察眼は解剖を担当する地元医大の教授からも尊敬を集め、鑑識課員ばかりではなく刑事や新聞記者からも一目置かれています。

上層部との強い確執を抱えながらも、自分自身の力によって警視の階級にまで昇進しています。

警察という巨大な組織の中で、不器用ながらも愚直かつ勇敢な生きざまが魅力溢れていました。

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暫しの休息

倉石は若い頃に結婚しますが間もなく離婚し、以後は独り身を貫き通しています。

プライベートではお酒が大好きで、仕事終わりに倉石を慕う信奉者たちを引き連れて夜の街へと繰り出していきます。

ギャンブルに羽目を外しすぎたり、時にはホステスやキャバ嬢と深い仲にもなってしまいます。

数多くの刃傷沙汰やトラブルをくぐり抜けてきた、破天荒で刹那的な佇まいには味わい深いものがありました。

自らの過去に対して多くを語ることがない倉石がある時、「男も女も絡み合ってるうちが花」というセリフをポロリとこぼします。

数々の遺体と向き合ってきた、検視官としての苦悩がにじみ出ている言葉でした。

1番弟子

県警本部のビルの中で倉石は、数多くの若手たちから「先生」や「校長」といった親しみを込めた愛称で呼び掛けられています。

検視担当の調査官心得となって2年になる一ノ瀬和之も、倉石の生徒のひとりと言えます。

「イチ」とニックネームで気安く話しかける、倉石にとっても大切な後輩です。

本書収録の「赤い名刺」では、恋人の検視を担当することになった一ノ瀬を時に厳しく時には優しく導いていきます。

迷える一ノ瀬に対して倉石が、「誰のために検視をしてるんだ?」と問いかけるシーンが印象的でした。

たった1度の人生をある日突然のアクシデントによって奪われてしまった死者のために、拾えるものは根こそぎ拾い集めていくプロフェッショナルとしての誇りが感動的でした。

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組織の中のそれぞれの葛藤

タイトルの「臨場」とは警察の中で使用される隠語で、事件が発生した現場に臨み初動捜査に当たることを意味します。

検視官が現場に到着して丹念に捜査を行い、殺人事件と判定された時にのみ捜査一課の刑事が動き始めます。

本作品の中ではそんな刑事と鑑識の微妙な距離感やお互いへの反感が、リアリティー溢れるタッチで描き出されているのが見所になります。

「鑑識を呼べ」や「鑑識にやらせろ」などといった刑事たちが当たり前のように口にする言葉の端々には、下働きとして見下していることを感じました。

その一方では警察署内を肩で風を切って歩く刑事たちに向ける、鑑識係の冷ややかな眼差しも心に残りました。

主役であれ脇役であれ

推理小説や警察小説の中では脇役に位置する、調査官にスポットライトを当てているのが斬新です。

超人的な身体能力もなく卓越した推理力も持つことのない中年男性の、ただひたすらに職務への真摯な姿勢には胸を打たれました。

自分に与えられた役目に、プライドを持って取り組むことを考えさせられました。

毎日のルーティンワークにお疲れ気味な方たちや、働くことに対して疑問や不安を抱いている人に読んで頂きたい1冊です。

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