小説「水の柩」は、2011年の10月26日に道尾秀介によって講談社から刊行された青春文学になっております。

元になっているのは、「小説現代」に2010年の11月号から2011年の7月号にまで連載されていた作品になります。

普通であることに退屈

吉川逸夫は、実家が90年以上続く老舗の旅館を営んでいる中学2年生の男の子です。

家族との関係も学校の友人たちとの付き合いもそつなくこなし、世渡り上手で老成したイメージを漂わせています。

成績もルックスも標準並みでこれといった悩みもない、凡そドラマや小説の主人公にはなり得ない少年です。

そんな逸夫のありきたりな日常生活が、ふとした瞬間に動き始めていきます。

普通であることを何よりも望む

ヒロインの木内敦子は、他所の町からやって来た転校生です。

両親の離婚が原因となって、級友たちから苛めを受けていました。

青春を謳歌する中学生たちの若さだけではなく、思春期特有の残酷さもリアルに映し出されていきます。

学校での文化祭をきっかけにして、逸夫と親しい関係へとなっていきます。

「普通」であることを嘆いていた少年と、「普通」であることを渇仰する少女が巡り合っていく様子には心温まるものがありました。

お湯と水の街

ストーリーの舞台に設定されている、とある地方都市の中に立地する温泉街の風景が印象的でした。

近郊に合理的なショッピングモールや全国展開するビジネスチェーンのお店が立ち並んでいる中で、逸夫の母親・珠子が女将を務める「河音屋」も苦戦を強いられています。

近頃では旅行会社に売り上げの1部をバックしてまでお客さんを斡旋して貰うなど、日本全国の観光地の切実な悩みを描いていて考えさせられました。

町外れにひっそりと佇みながら冷たい水をみなぎらせるダムと、タイトルの「水の柩」の持つ意味が物語後半にリンクしていきます。

ふたりで歩き始める

文化祭の買い出しを担当することになり、逸夫と敦子が初めてふたりだけで会話を交わしていきます。

ぎこちない態度や微妙な距離感が、今時の中学生らしくて微笑ましいです。

本作品の時代設定は現代になっているので、同世代の友人たちは皆携帯電話を所持していてメールで連絡を取り合っています。

携帯を持たない逸夫と敦子の間には、すれ違いや誤解も生まれていきます。

そんなふたりが顔と顔を寄せあい、お互いへの思いをぶつけ合うシーンが感動的でした。

本当に大切なことはSNSでもメールでもなく、直接言葉で伝えることの素晴らしさを感じました。

新旧相見える

84才になる逸夫の祖母・いくのキャラクターには味わい深いものがありました。

早々と引退宣言をして女将の座を表面的には珠子に譲りながらも、圧倒的な存在感で旅館を切り盛りしています。

一見すると田舎のおばあちゃんですが、高貴な家柄の箱入り娘であったことが言葉の端々に見え隠れしています。

子供の頃は「普通の子供」になりたかったいくは、敦子との不思議な共通点も抱えていました。

年齢も生まれ育った環境もまるっきり異なるふたりの女性が、それぞれの持つ秘密によって引き寄せられていく場面が圧巻です。

未来への手紙

過酷な現実から目を背け始め、自分自身の死を意識するようになっていく敦子の傷ついた心には胸が痛みました。

タイムカプセルに入れた「二十年後の自分へ」という手紙の取り替えを、親しくなった逸夫に持ち掛けていきます。

謎めいた頼み事に困惑しながらも、逸夫は彼女のために奮闘します。

家庭でも学校でも目立つことなく何となく日々を送ってきた少年が、初めて自らの意志で他の誰かのために行動を起こす瞬間には胸を打たれました。

将来への漠然とした不安を感じている、中高生の皆さんに読んで頂きたい1冊です。

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