「平和の芽」は、1995年の7月17日に横山秀夫によって講談社から刊行されたノンフィクション書籍になっております。

「陰の季節」や「動機」を始めとする警察小説の第一人者として有名な推理小説家が、広島に投下された原爆の悲劇を修学旅行生に語って聞かせているひとりの女性の生きざまに迫っていきます。

作家として活躍する前には上毛新聞社でジャーナリストを務めていた著者らしく、歴史に対する綿密なリサーチと関係者への真摯な取材が活かされている作品になります。

広島平和文化センターから提供されている数多くの写真や、貴重な資料も見所です。

1本のアオギリと1人の女性

広島市内にある平和記念公園は原爆資料館や原爆ドームを有する、世界各国から観光客が訪れる有名スポットです。

そんな賑やかな園内の片隅に、ひっそりと佇んでいるアオギリの木には縦長の深い傷痕が刻まれていました。

1945年の8月6日に投下された原子爆弾の、壮絶な被害の大きさについて考えさせられます。

そんなアオギリの側に寄り添うようにして、松葉づえをつきながら広島に来た子供たちに自分自身の戦争体験を証言する女性がいました。

不思議な絆で結ばれた、アオギリと女性のストーリーは1934年へと遡っていきます。

束の間の自由と平和を満喫する鈴子

沼田鈴子が生まれたのは大阪ですが、5才の時に父親の仕事の都合に伴って広島市段原大畑へと引っ越して来ました。

1931年に発生した柳条湖事件や翌年の満州国設立を始めとする、日本全体が戦争へと向かっていく暗い時代のムードが当時の広島にも漂っていました。

そんな中でも幼い頃の鈴子は「マメダヌキ」とニックネームを付けられるほど、お転婆で街中を駆け回っています。

川に架けられた市電の鉄橋から、京橋川へとダイビングをしたエピソードには驚かされました。

7才年上の兄と2人の妹・弟、そして大切なボーイフレンドとの日々には心温まるものがありました。

鈴子が10才の誕生日を迎えようとしていた頃には、あのアオギリの木も樹齢10年の年輪を重ねていました。

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巡り会う鈴子とアオギリ

女学校を卒業した鈴子は妹と共に、父のつてを頼って郵便局で働くことになります。

戦争へと向かっていく自分たちの住む国に対して疑問を抱きながらも、表だって声を上げることが出来ずに思い悩む鈴子の姿が印象深かったです。

配属された先の貯金課での仕事や同僚にたいしても上手く馴染むことが出来ずに、鬱屈とした日々を送っていました。

そんなある日のこと郵便局の敷地内に植えられていた美しいアオギリを見上げ、次第に心通わせていく様子が感動的でした。

紙切れ1枚に翻弄される人間の命

20歳の秋になると鈴子は婚約しますが、間もなく相手の男性には召集令状が舞い込みます。

戦地に赴く婚約者に対して「死なないで」と言葉をかけることが出来ずに、涙を見せることさえ許されない残酷さには胸が傷みました。

愛する人の生還を祈り続けていた鈴子の身にも、運命の日がやって来ます。

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全てが一瞬で消え去る

1945年の8月6日の朝、鈴子はいつもと変わらずに出勤します。

職場の洗面所の窓の外から放たれた光を見た瞬間に、鈴子は意識を失ってしまいました。

目覚めた鈴子には過酷な現実が突きつけられ、幾多の困難に立ち向かっていくことになります。

絶望から立ち上がる

故郷の街並みを焼きつくされて精神的にも肉体的にも傷付いた鈴子の元に、1通の訃報が届けられます。

絶望に打ちひがれていた鈴子を救ったのは、被爆しながらも少しずつ生命力を取り戻していくアオギリの存在でした。

傷ついた木が新しい芽を出していくように、心の奥底に隠していた痛切な記憶を次の世代へと語り継いでいく鈴子の決意には胸を打たれました。

時代の流れが逆行していき再び世界が戦争へと向かっている今の時代だからこそ、若い方たちに手に取って頂きたい1冊です。

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