小説「動機」は、2000年の10月に横山秀夫によって文藝春秋から刊行されたミステリー文学になっております。

もとになっているのは「オール讀物」や「別冊文藝春秋」に連載されていた短編小説になり、新たな書き下ろし「逆転の夏」を加えて単行本化された作品になります。

表題作の「動機」はテレビドラマ化もされていて、主人公は貝瀬警視ではなく二渡警視に変更されていて上川隆也が演じています。

新しいストーリーと古き良きキャラクター

著者はデビュー作に当たる「陰の季節」によって、第5回松本清張賞に輝きました。

この時から横山秀夫の推理小説には、「全く新しい警察小説」といくキャッチコピーが付いて回ることになりました。

小説家として活躍する前にはとある地方の新聞社で12年の間記者を務めていた著者らしく、リアリティー溢れる物語が新鮮な味わいになります。

それ以上に魅力的なのが、個性豊かな登場キャラクターのバックグラウンドが掘り下げられていくところです。

刑事であれ新聞記者であれ禁欲的で正義感に満ちた人物が多く、時には罪を犯してしまった犯人に対しても不思議な愛着が涌いていき感情移入してしまいます。

社会のシステムが目まぐるしく移り変わっていく現代の世相を映し出しつつ、昔気質で不器用な生きざまを描いているのが見所になります。

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失われたものと見つけたもの

警察手帳の大量紛失という奇想天外な事件の顛末を描く「動機」から、この短編集は幕を開けていきます。

架空のJ県警本部を舞台に設定して、警務課で企画調査官を務めている貝瀬警視が事件の謎解きへと挑んでいきます。

「警察手帳は警察官の魂」というお堅い上層部の反対を振り切って、合理主義の貝瀬は手帳の一括保管制度を段階的に導入していきます。

テスト期間中に発生した紛失騒動だけに、犯行が可能なのは自ずと内部の人間へと絞られていきます。

警察組織内の縄張り争いが原因かと思いきや、予想外の犯人の正体と意外な動機にホロリとさせられました。

人生の表と裏

葬儀会社に勤めている中年のサラリーマンを主人公にした「逆転の夏」は、本作品の中でも異色な存在です。

一見すると冴えない主人公の山本洋司に隠されている、驚くべき秘密に惹き込まれていきます。

過去に犯した罪に怯えながらも、社会復帰を目指して日々の仕事に打ち込んでいく山本の姿が印象深いです。

ある日見知らぬ男からの不審な仕事依頼の電話と口座への多額の入金によって、山本の平穏無事だったはずの日常が動き始めていきます。

単純な善悪二元論では裁き切ることが出来ない人間の心の複雑さと、犯罪被害者だけでなく加害者の立場にまで踏み込んでいて考えさせられます。

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男であれ女であれ

地方紙の女性記者の奮闘ぶりが感動的な「ネタ元」にも、忘れ難いものがあります。

県民新聞で中堅記者として人一倍努力を重ねながらも、男社会である新聞社の中では水島真知子に浴びせられる眼差しや言葉は冷たいです。

仕事でくたびれ果てた深夜に、郊外にある24時間営業の書店の中で転職雑誌を立ち読みする真知子の後ろ姿には一抹の寂しさが漂っていました。

「事件記者は男のロマン」といった古い価値観や考え方を振り切って真実を追い求めていく真知子の生きざまからは、男性であれ女性であれ自分自身の仕事に対して誇りを持つことの大切さが伝わってきました。

締めくくりの場所

公判中に居眠りをしてしまった裁判長を主人公にした「密室の人」で、本書は幕を閉じます。

仕事一筋で生きてきた判事の安斎利正に突如として降りかかってきた災難は、滑稽でもあり哀れでもあります。

タイトルの「密室」に込められている、「法廷」ともうひとつの意味に気が付いた瞬間に強く心を揺さぶられました。

この本はデビュー作である「陰の季節」と著者にとっては代表作とも言える「半落ち」に挟まれた1冊でいまいち知名度が薄いですが、傑作ぞろいの4編になりますので是非とも手に取って頂きたいと思います。

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