小説「片眼の猿」は、2007年の2月に道尾秀介によって新潮社から刊行されたミステリー文学になっております。

2005年の著者のデビュー作品である「背の眼」から数えて長編第5弾になり、同じ2007年に発表された本格ミステリ大賞受賞作の「シャドウ」と比べてみるとややコミカルなタッチで描かれています。

孤独を背負った探偵

主人公の三梨は盗聴を専門とする私立探偵で、新宿の路地裏にある2階建てのおんぼろアパート兼住居で探偵事務所「ファントム」を経営しています。

青森県で生まれ育ちますが、小学生の頃に両親を事故で亡くしてからは東京の施設に引き取られた過去があります。

かつての恋人で唯一無二の心の拠り所であった野村秋絵は6年前に自らの生命を絶ってしまい、孤独感に苛まれながら日々の暮らしを送っている姿には胸が傷みました。

三梨の動物的で巨大な耳が、通りすがりの人たちに嫌悪感を与えてしまうことも印象的です。

自分自身の容姿に対しては人一倍のコンプレックスを抱えていて、他者との正常なコミュニケーションにも支障を来してしまうほどです。

いつものようにクライアントからの依頼を受けて調査に当たっていくうちに、思わぬ事態へと巻き込まれていきます。

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只今潜入捜査中

三梨はこのところ毎朝のように谷口楽器という楽器メーカーに出社して、企画部に用意されたデスクに座っています。

依頼の内容は、ライバルメーカーである黒井楽器のデザイン盗用の証拠を掴むことです。

表向きの上司である企画部長の刈田と依頼人である社長の谷口勲の他には、会社内では言葉を交わすこともありません。

同僚たちのぎこちない振る舞いや微妙な距離感には、日本の企業特有の閉塞感や排他的な雰囲気について考えさせられました。

頼りないワトソン

ファントムには、事務所の電話番を務める青年の帆坂くんしかいません。

カウンターデスクに頬杖をつきながら、マンガを読むか居眠りをするかの頼りない様子がユーモアたっぷりです。

これといった特技や趣味のない帆坂くんのたったひとつの特殊能力は、日本全国の地図を頭の中にインプットしていることです。

何の役にもたたないようなこの力が、ストーリー終盤に活躍するシーンには驚かされました。

即戦力な彼女

ダメ元で同業者をスカウトしていた三梨の元に、夏川冬絵という女性が現れます。

今は亡き恋人の秋絵を思わせるような名前と、三梨の異様な耳でさえ「可愛い」とあっさりと受け入れてしまう寛容な態度が微笑ましかったです。

純真無垢に思えていた冬絵自身も、いつもかけているサングラスの奥底に秘密を抱えていることが明かされていきます。

お互いへの信頼感を築き上げ、力を合わせていくふたりのコンビが良かったです。

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小耳に挟む

黒井楽器の盗聴を続けていた三梨は、偶然にも企画部の部長を務める村井が殺害された瞬間を聴いてしまいました。

微かに漏れていた声によって、犯人は女性であることを突き止めました。

面倒に巻き込まれていきながらも、チームプレーによって真実を追い求めていく三梨たちの姿が勇ましいです。

現在の事件が三梨の過去の恋人の秋絵の自殺と、複雑に絡み合っていく展開がスリリングな味わいでした。

短所は長所でもある

三梨と冬絵の身体的な欠点が、事件の捜査を進めていくうちにそれぞれの個性へと変わっていく瞬間が感動的でした。

全編を通して意味深なセリフの中でも特に心に響いたのは、「眼に見えているものばかりを重要視する連中に、俺は興味ない」という三梨の言葉でした。

今の時代に多くの人が普段の生活の中で、自分の見たいものだけを見て都合の悪いものから目を背けていることを思い浮かべてしまいました。

一見するとグロテスクなイメージのある「片眼の猿」という本作品のタイトルに仕掛けられた、意外な伏線とも繋がっていきます。

自らのスタイルやルックスに思い悩んでいる方たちには、是非とも読んで頂きたい1冊です。

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