小説「影踏み」は、2003年の11月に横山秀夫によって祥伝社から刊行されたミステリー文学になっております。

ジャーナリストとして活躍していた頃の経験を活かして警察小説の第一人者としての地位を確立した著者が、泥棒を主人公にして新たな境地を切り開いていく異色の連作短編集になります。

蝶のように舞い壁のように押し黙る

真壁修一は「ノビカベ」の異名で警察関係者や裏社会から恐れられている、空き巣専門の犯罪者として生きてきました。

深夜の住宅街にどこからともなく出現し音もなく人様の家に入り込んでいく「ノビ師」と、脅し文句や厳しい取り調べにも屈することのない「壁」を併せ持った佇まいが怪しい魅力を放っています。

真壁も失敗する

2年の間服役していた真壁が逮捕されるきっかけになった一軒家へと舞い戻る「消息」という短編から、本作品は始まっていきます。

2年前に真壁は稲村道夫と葉子の夫婦が暮らしている家に狙いを定めて、ふたりが寝静まった後に犯行を決行します。

夫はアルコールの匂いをさせて泥酔しているのに妻の方は目を覚ましていることを察知した真壁は、素早くその場を立ち去ろうとします。

その瞬間にタイミングよくパトカーが通りかかり、敢えなく真壁は御用となってしまいました。

警官の早すぎる到着と葉子の異様な振る舞いに疑問を抱いていた真壁が、自らの不始末に決着をつけるために稲村家と向かっていく姿が印象深かったです。

わたしの頭の中のあなた

真壁の頭の中には双子の弟である啓二の意識が同居しているという、これまでの横山秀夫の作風からはかけ離れた設定に驚かされます。

かつて真壁修一と啓二の兄弟は、ひとりの女性・安西久子と3人で仲睦まじい日々を過ごしていました。

つかの間の青春を謳歌しながら法律家としての真っ当な道のりを歩いていく、若き日の真壁が微笑ましかったです。

久子が真壁を選んだことによって幸せで平穏無事な日常が次第に崩れさっていき、不吉なムードが高まっていきます。

そしてある日突然に起こった事件がきっかけとなり、啓二の肉体はこの世から消え去り真壁は窃盗犯として落ちぶれていく悲劇的な顛末には胸が痛みました。

啓二の精神だけが修一の脳裏に焼き付くという、サイコサスペンスを思わせるストーリー展開に惹き込まれていきます。

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真壁の周りを囲む人たち

「刻印」に登場する盗犯係の吉川刑事との間に芽生え始めていく、奇妙な関係性が面白かったです。

同級生ながらも警察組織に所属する吉川と裏街道を選んだ真壁の、対照的な生きざまが浮かび上がっていきます。

衝突と協力を繰り返していきながら、ふたりが敵対心や友情を越えた不思議な絆で結ばれる瞬間には心温まるものがありました。

「抱擁」では、別れた恋人の久子に危機が迫っていきます。

過去のほろ苦い思い出や過ちと向き合いつつ、ひとりの女性を守り抜くために果敢に立ち向かっていく真壁の奮闘ぶりには胸を打たれました。

戸締まりには御注意を

収録されている7つの連作短編の中で、腕利きのノビ師としての真壁の「仕事ぶり」がリアリティー溢れるタッチで再現されているのが見所です。

本書を手に取った事によって、多くの読者が何気ない毎日の中で防犯意識を高めていくことになるはずです。

いかなる権力者の横暴ぶりや反社会的勢力の暴力的な行為にも追従することのない真壁の一匹狼のような振る舞いやセリフの中には、ハードボイルド文学としての楽しみもたっぷりと含まれています。

ありきたりな推理小説に飽き飽きしてしまったマニアの方たちや、「陰の季節」や「64-ロクヨン-」を始めとするあらゆる警察小説を読破した人にも読んで頂きたい1冊になります。

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