小説「シャドウ」は、2006年の9月30日に道尾秀介によって東京創元社から刊行されたミステリー文学になっております。

著者は大学卒業後に、サラリーマンとして働く傍らに執筆活動へ打ち込んでいきます。

2004年に発表した「背の眼」がホラーサスペンス大賞の特別賞に選ばれて、作家デビューを果たします。

小説家としてだけではなくミュージシャンなどの幅広いジャンルで活躍している著者の長編第4弾になり、第7回本格ミステリー大賞受賞作品になります。

大切な人を亡くした少年の寄る辺のなさ

主人公は若干小学5年生ながらも、時折大人びた振る舞いやセリフを見せる我茂凰介です。

最愛の母親である咲枝をガンによって失いながらも、父親の洋一郎とふたりだけで日々の生活を送っている健気さには心温まるものがありました。

もともと神経過敏気味で妻との死別を経てからはより一層自分だけの世界に引きこもりがちな洋一郎を、凰介は気遣いながら優しく見守っています。

洋一郎や咲枝の医科大学時代の同級生にあたる水城徹と恵夫妻の間には、長女の亜紀がいます。

凰介と亜紀とは幼馴染という関係性で、お互いに子供から大人へと成長していく姿に戸惑いながらも向き合っているのが微笑ましかったです。

ある日突然に恵が自らの生命を絶ってしまったことによって、凰介の周りでは次から次へと不可思議な出来事が巻き起こっていきます。

父と息子、父と娘

洋一郎と凰介、さらには徹と亜紀までが奇しくも父と子の2人家族となってしまいました。

2組の親子の視点によって、過去と未来を烈しく行き来しながら展開していくストーリー展開に惹き込まれていきます。

恵の死を嘆き悲しむ暇もなく、亜紀は交通事故に見舞われてしまいました。

更には洋一郎の身にまで危機が訪れることによって、ささやかな幸せを願う凰介は重大な決断を迫られることになります。

小さな身体にも大きな命

随所に散りばめられている宮沢賢治の童話「よだかの星」の1節が、暗く重いテーマを扱っている本作品の中では光輝いています。

容姿の醜さ故にコミュニティーから排除されながらも心の美しさだけは失うことがなかった1匹のよだかの物語には、多くの人が幼い頃に読んで涙したはずです。

今は亡き咲枝が繰り返し凰介に読んで聞かせた1冊が、「銀河鉄道の夜」なのも暗示的です。

一見すると本筋とは無関係にも思えるこれらのキーワードが、後に意外なシーンで重要な意味を持ち始めるところが面白かったです。

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医療の現場に一石投じる

物語の中にしばしば登場する、大学病院内での人間関係や職場の雰囲気がリアリティー溢れていて見所満載になります。

70歳を超えても非常勤の医師として働いている、洋一郎の恩師である田地宗平のキャラクターには味わい深いものがありました。

精神医療の現場において、薬物療法が重視され患者さん1人1人の気持ちがなおざりにされている問題点を浮き彫りにしているのが良かったです。

精神的なハンディキャップを抱えている人たちへの、過去の不遇な処置や現在にまで残されている制度への鋭い指摘も伝わってきました。

みんな昔子供だった

身勝手な大人たちの欲望に振り回されてきた子供たちに訪れることになる、悲劇的な顛末には胸が痛みました。

精神的にも肉体的にも傷つけられた子供が、大人になった後に犯罪に手を染めていき罪を重ねてしまう負の連鎖についても考えさせられました。

その一方では少年少女だけがその小さな身体に秘めている、何事にも屈しない誇りとどこまでも純真無垢な思いには胸を打たれました。

今まさに青春を謳歌している若い世代の人たちはその貴重な時間を噛み締めながら、かつては子供だった世代の方は大切な記憶や懐かしい友達を思い浮かべながら読んで頂きたいと思います。

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